ムール貝を調理するとき、殻から生えているひげのようなものを引き抜いた経験はないでしょうか。あれは足糸(そくし)と呼ばれるもので、貝が自分で分泌してつくる、岩などにくっつくための糸です。
二枚貝の多くはこの足糸を持っています。ほたてにも、時期によってはあります。
稚貝はくっついて暮らす
ほたては生まれてすぐは、海の中を漂うごく小さな幼生です。やがて体ができてくると、どこかにくっついて落ち着こうとします。このとき使うのが足糸です。
くっつく先は、海藻や、養殖で言えば海中に吊るされた採苗器の中の網や資材です。稚貝はここに足糸で取りつき、しばらくのあいだ動かずに育ちます。
小さいうちは、流されないこと自体が生き延びる条件です。足糸は、その時期のほたてにとっての命綱と言えます。
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大きくなると、必要がなくなる
ほたてが他の二枚貝と違うのは、育つにつれて足糸への依存が薄れていくことです。
貝殻を勢いよく閉じて水を噴き出し、その反動で移動する。ほたてはそういう動き方ができます。動ける貝にとって、一か所に固定されていることは必ずしも有利ではありません。
| 時期 | 足糸 | 暮らし方 |
|---|---|---|
| 稚貝 | 使う | どこかに付着して育つ |
| 成長後 | 依存しなくなる | 海底で暮らし、必要なら移動する |
「小さいころはしがみつき、大きくなったら自分で動く」。生き物の設計として、なかなか合理的です。
養殖の現場での足糸
養殖では、この性質がそのまま作業に組み込まれています。
稚貝が足糸でくっつく習性を利用して、採苗器を海に入れ、そこに自然に取りついてもらう。ある程度育ったら採苗器から外し、カゴなどに移して密度を下げて育てる。
つまり「くっつく時期」と「くっつかなくなる時期」の切り替わりに合わせて、人の手の入れ方も変わっていきます。貝の生態を知らなければ組み立てられない工程です。
糸のすごさ
足糸は、水の中で固まる接着物質でできています。濡れた面に、しかも波にさらされる場所でしっかりくっつくというのは、接着の技術としてはかなり難しい条件です。
このため貝の足糸は、水中接着剤の研究対象として注目されてきました。小さな貝が当たり前にやっていることが、人間の技術から見ると先を行っている。海にはそういう例がいくつもあります。
まとめ
ほたては、稚貝のころ足糸でどこかに取りつき、成長すると自分で動く暮らしに切り替えます。養殖の採苗はこの習性を利用したものです。食卓に並ぶ一粒にも、しがみついていた時期があった。そう考えると、貝の一生が少し立体的に見えてきます。



